2024.01.26
コラム: 糸のお話「素材を活かす - カシミヤ紡績-」
みなさん、こんにちは。
今日は久々に糸のお話、カシミヤ糸ができるまでをご紹介しようと思います。
カシミヤ糸を作る工程はとてもたくさんあります。その中でも、今回は色を作るお話とカード紡績を中心にお話します。
まずはカシミヤという素材についておさらいからはじめましょう。
カシミヤって?
「カシミヤ」は、カシミヤ山羊から採れる毛のことをいいます。
名前の由来は元々インド・カシミール地方が産地だったことからきていますが、現在の主な産地は中国をはじめ、モンゴル国やイランです。
柔らかい肌触りと絹のような光沢があり、保温性、保湿性に優れた素材として知られていますね。
皆さんにお届けしているアヴリルのカシミヤは、特に品質の良い産地として定評のある中国内蒙古自治区のカシミヤ山羊の毛を使っています。
ごわごわした毛に埋もれているうぶ毛だけを手作業で梳き取った後、そのうぶ毛をさらに選り分けて糸の原料としています。そういうわけで、1頭の山羊から取れるうぶ毛の量は100gほどしかないんです!
1頭100g、そうするとカシミヤのセーターを作るには、2~3頭分のカシミヤ山羊の毛を使うってことになります。
毛糸(羊毛糸)の代名詞といえるメリノ羊の場合だと、体重約35-70kgの羊から約3,500-5,000gのうぶ毛が取れることからすると、メリノ羊と同じくらいの体重約40-60kgのカシミヤ山羊から取れる毛の量は本当にとてもわずか。
うん、高級糸と言われるわけですね。
カシミヤって最強。
▲選別されたカシミヤのわた
カシミヤの繊維はとても細く、繊細です。
繊度といわれる繊維の太さは約14~16マイクロンで、0.014mmくらい。
メリノの太さは大体20マイクロンくらいなので、0.02mm。
人毛だと平均で0.08mm。
カシミヤの毛は、人の髪の毛よりも約1/6くらい細いってことになります。もはや目に見えないですね!
細い繊維はチクチク感を軽減しますし、表面のスケール(いわゆるキューティクル)も滑らかで数が少ないから肌触りが良い。
表面が平らだと光を反射しやすいから、光沢が増すことにもなります。
その上、油脂分が繊維の表面を覆っているから滑らか。
カシミヤなら痒くならないっていう人の反応もうなずけます。
▲右からホワイトカシミヤの「土毛」、「洗上」、「整毛」の毛の状態。「土毛」は梳き取っただけの状態。その土毛を洗毛機で汚れなどを洗い落した状態が「洗上」。さらに整毛機で刺毛など不要物を除去して、うぶ毛だけに整えられた状態が「整毛」。
同じ太さの糸でも、繊維が細ければ細いほど多くの繊維を使って糸になるので、繊維の層が詰まって厚くなります。
更にカシミヤの繊維はクリンプという縮れ毛状の毛なので、繊維同士がよく絡み合ってくれるおかげで、熱の伝導率が低いから断熱性が高くなるんですね。
ぎゅっと束になった繊維が壁になって外気を遮断して、身体の熱を外に出さない。
まるで二重サッシのような構造だなって思います。
数値でみても、繊維の構造を紐解いても、カシミヤ繊維って最強だなって思っちゃいますね。
カシミヤ繊維の良さばかりお話しましたが、実は良い点はケアしないといけないことにも繋がります。
細いと切れやすく、表面が滑らかだと傷がつきやすいんです。
素材の持つ表裏一体の性質を克服して、素材の良さを最大限に生かす努力をしなければ、
滑らかさや光沢、暖かさ、着心地の良さは成しえないんですね。
最高のカシミヤ糸を作るために日々研鑽している最強のチームは、日本のカシミヤ紡績のパイオニア、東洋紡糸工業さんです。
アヴリルの創業当時からといっていいくらい長いお付き合いの頼れる紡績さん。貴重なカシミヤ糸をアヴリルに供給してくれている協力会社さんです。
頼れるリーダー高橋社長と技術一筋の下田製造部長、調整役の森村さんや山田さんと一緒に工場を見学しながら、色をつくる染色の現場と紡績の現場の雰囲気もぜひみてください。
【色をつくる1】低温でゆったり静かに染める
染色にはいろいろな染め方があるのですが、カシミヤ糸に採用しているのは「トップ染め」という染め方です。「わた染め」とも言ったりします。
糸にしてから染めるのではなく、まずわた(繊維)を何色か染めてから、それらの色わたをブレンドして色を作り出します。
たっぷり水を吸い込んだ繊維を染窯にいれていくのはとても重労働。にもかかわらず、染色スタッフさんたちは一糸乱れず交互に浴槽から染窯に繊維を移していきます。
染色では「染色堅牢度」が重要です。
堅牢度というのは、色落ちや色移りなどについて強さを数値で表します。
数値が高くなるほど、色落ちが少なく、堅牢度が高いと言います。
堅牢度を高くしようとすると高温で染色することになるのですが、そうするとスケールが開いてしまって繊維の損傷に繋がります。糸自体がごわついて編みにくい糸になったり、毛玉ができやすくて落ちにくい、作品自体の風合いも損なわれてしまいます。
堅牢度を保ちながら、カシミヤ繊維の良さを活かすには?
問い続けてできたのが、工場オリジナルの染色方法、低温染色法でした。これは通常よりも低温で時間をかけて、染め上げる方法です。
▲#5610 ビクトリアブルーのカラーレサイプ(レシピ)は同系色をブレンドしている
糸のトップ染めは、1色を作るためにわたを複数色用意して、それらをブレンドして色を作ります。
例えば、人気色#5610ビクトリアブルーを表現するために、5色のわたを混ぜ合わせています。それって1色をつくるために、5回も染色作業を繰り返すってことなんですね。
しかも低温で時間をかけて染めるので、1色をつくるのに何日もかかる。ご覧の通り、色差も微妙な差異の5色のわたです。
素材の良さを活かすために、すごく手間暇かけて色をつくっているんですよね。
この時間を惜しまないことで、繊維の状態を保ちつつ、深みのある色合いをもった膨らみさえ感じさせる糸に仕上がります。
そんなカシミヤ糸で作った作品は、光の加減で表情が変わってみえたりもする、生命力のある作品(製品)に仕上がるんですね。
▲#2308 眠たげな猫のカラーレサイプは、黄色から朱赤まで色幅がある
▲紡績工場のカラーレサイプは約7,000色。色を作り出すレシピは、忠実な色の再現に必須
【色をつくる2】SF空間で色を混ぜる
染め分けられたわたは、攪拌室でブレンドされます。
8角形の攪拌室は一人暮らしのワンルームを小さくしたくらいの小部屋で、壁、天井、床、すべてにステンレスがはめ込まれています。ちなみに私たちは鏡の間と呼ばせてもらっています。金属板に光や声が反射したり、自分の姿がぼんやり映り込んで、まるで亜空間に閉じこめらたようなそわそわする感じです。
ここに全部の色わたが入ったら、水と紡績油を吹き付けながら、風でわたを攪拌して色を混ぜ合わせていきます。風を使うのは摩擦で繊維に傷がつかないようにするためで、ここでも素材を大切に扱います。
色や攪拌量によって混ざり具合が変わってくるので、攪拌職人が絶妙な調整をして、紡績前のわたをつくっていきます。
一日かけて紡績油を繊維に浸透させて、いざブレンドするのですが、混ざり具合も色によって変わってくるので、ブレンド職人の絶妙な調整になってきます。
わたの染め上がり具合、ブレンドの割合、どちらも絶えず色を再現するためにブレてはいけない調整です。
【色をつくる3】1グラム26メーターを手で紡ぐ、神業師の職人さん
わたができたら検色です。
紡績機にかける前に手で糸を紡いで、指定の色に忠実な色合わせになっているか検査します。
まずはわたをミックスします。
羊毛のハンドスパンと同じ要領ですね。櫛と櫛がくっつき合うので、剥がして梳(と)いての繰り返しは慣れていないと体力を使います。
さすが職人さん、さくさくわたを混ぜていきます。ほんの十数秒で、綺麗にミックスされたわたができあがりました。
何度も梳いたら繊維が切れるし、混ざり具合で色の出方が変われば、色ブレが起きます。忠実に色の再現ができるか、微妙な塩梅ができるのは職人さんだからなんですね。
わたを紡ぐと糸になります。
F-2026-B カシミヤは、1グラム26メーターの糸(1/26)を2本撚りにして1グラム13メーター(1/13)の糸になっています。
だから26メーターになるように紡いでみて、色の検査するんですね。しかも人の手で。
あっという間に3メーター、5メーターと紡いでいくのはもはや神業!
【糸をつくる】カシミヤ専用紡毛紡績機 -粗糸をつくる-
糸をつくることを紡績といいます。
検色でもお話したように、わたを梳いて撚る、この工程が紡績です。
このお話では、わたを梳く(カード機にかける)ところまでをご紹介します。
カシミヤの紡績は羊毛紡績と同じなのですが、羊毛紡績と同じ紡績機(カード機)や条件で紡績すると繊維が切れたり、それがネップ状になったり、細かな繊維が機械に巻き付いたりするようです。
最大限、カシミヤ繊維の性質を保護しながら紡績ができるように、工場ではカシミヤ専用の部品だったり、独自の改良を工夫してカシミヤに特化した専用機で糸をつくります。
巻き込み注意で安全センサーも付いている巨大カード機は、たくさんのギアが同時に回転しているので、なにせ音がすごい!
近づくと声が聞き取れないくらいです。不慣れなアヴリルスタッフは思いがけず近づきすぎて、機械を止めるハプニングも。
(職人さん、わずらわせてごめんなさい。)
身振り手振りで工程や改良を説明してくれた高橋社長も思いがけず機械を止めて、職人さんも苦笑を押さえながら停止時の対処をみせてくれました。
(高橋社長、お気遣いありがとうございます。)
攪拌室で混ざ合わされたカシミヤのわたは、紡績油をまとってコンディションは万全です。
幅1.5メーターほどの機械の口にカシミヤのわたが入っていきます。
ローラーには無数の細かな針がついていて、わたを綺麗に梳いていきます。
粗い針目から細かな針目へと、3段階のカーディングを行って、糸になる前の粗糸(そし)をつくります。
だんだんと繊維が梳かれて、まるで真綿のようです。
カーディングでシート状になったわたをカットして、やっと粗糸になりました。
粗糸の「しの」から、規定からブレた部分を排除して、均一の部分のみ使います。排除した粗糸は、また最初のカード工程に戻っていって、もう一度粗糸になります。
少しの繊維も粗末にしない、素材を大切に扱う思いを痛感です。
カシミヤの糸づくり、ほんの一部ですが駆け足でご紹介してきました。
まだまだご覧いただきたいカシミヤ紡績のみどころがあるのですが、それはまた別のコラムでお届けしたいと思います。
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